大判例

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高松高等裁判所 昭和62年(ネ)1号 判決 1989年9月11日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人らの各請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

主文同旨

二  当事者双方の主張

当事者双方の主張は、次のとおり改めるほか、原判決事実摘示のとおり(但し、被控訴人、控訴人の関係部分)であるから、これをここに引用する。

原判決八枚目裏九行目「訴外会社」の次に「または大喜建設」を加え、同一二枚目表一行目冒頭から同裏九行目終りまでを次のとおり改める。

「控訴人は大喜建設の取締役として、次のとおりその代表取締役小早川及び同松井義明(以下「松井」という。)の業務執行の監視に関する職務の執行に当たり、悪意又は重大な過失がある。

(1)(イ) 大喜建設は、設立以来赤字経営で、控訴人は昭和五四年五月ころ小早川から融通手形の割引を依頼されたことがあってその経営資金繰が苦しい事情を十分に認識しており、小早川が不正に消費した額は大喜建設の年間収益七四万円ないし一四八万円を遥かに超える額で客観的に倒産の危機に瀕していたので、毎月の工事出来高、工事代金の入金、支払、手形保管の状況を継続的に調査しておれば昭和五三年一二月頃から始まった小早川の多額の横領を容易に把握できた。

(ロ) 従って控訴人は、大喜建設の取締役として、自ら取締役会を招集し(商法二五九条)その取締役会を通じて、建築工事の受注状況、資金繰の計画、代金の入金、支払、手形保管状況などにつきその資料を提出させてその状況を的確に把握し、適切な対策を講ずるよう代表取締役小早川の業務執行を監視すべき注意義務があった。

(ハ)  右の状況であるのに、控訴人は経理係の吉川洋子(以下「吉川」という。)から一応の報告を受けたのに止まり、右各行為を行わずその監視義務を怠った。

(2) 小早川が所在不明となった後に代表取締役に就任した松井は、大喜建設が既に倒産状態にあるのに昭和五四年九月から同年一一月までに合計三四八七万五五〇〇円を準備すれば経営を再建できるとの資金計画を立てたが、控訴人は取締役として、その実現の可能性について検討し松井の行為を監視すべき注意義務があるのに、それを松井に一任してこれを怠った。その結果、松井は、その内一七七〇万八〇〇〇円しか資金を準備できず、結局、大喜建設は同年一一月三〇日資金不足により手形金を支払えず銀行取引停止処分を受けて倒産し、昭和五五年一〇月一三日破産宣告、昭和五六年四月二日破産手続費用不足により破産廃止となった。

(三) 被控訴人らは、その結果、原判決別紙一記載のとおりの各債権全額につき何等の支払いも受けられず、右債権額相当の損害を被った。」

同一二枚目裏一〇行目「二六六条ノ三」の次に「第一項」を加え、同一四枚目裏九行目「2」及び同一五枚目表七行目「3」をそれぞれ削り、同裏五行目冒頭に「2」を加え、同行目「右被告ら三名の行為によって」を「控訴人が前記大喜建設を存続し資金繰の方法を講ずることで再建する旨の取締役会の決議に賛成した行為によりその旨決議され、その結果破産に至り、」と改め、同一〇行目冒頭から同一一行目「に対し」までを「3 被控訴人らは控訴人に対し、商法二六六条ノ三第三項に基づき、」と改め、同一六枚目裏一行目冒頭から同七行目終りまでを次のとおり改める。

「(五) 予備的請求原因1の事実のうち、大喜建設の決算期が毎年六月三〇日であったことは認めるが、その余の事実は争う。

(六) 同2の事実は争う。」

同一六枚目裏八行目終りに続き行を変えて次のとおり加える。

「(八) 控訴人は大喜建設の取締役として代表取締役小早川の業務執行につき監視義務を尽くており、またその職務を行なうについては悪意又は重大な過失がなかったものである。すなわち、

(1)(イ) 小早川の約四〇〇万円の横領行為については、訴外会社の経理担当従業員吉川洋子も発見できず小早川が所在不明となった後に発見したほど極めて秘密裏になされており、これを発見するためには仕入先、工事発注者等の取引先に支払確認、受領確認をする必要があるが、取引件数も多く、また、このような調査をすることは会社の信用を失墜させることにもなるのであって、現実問題としては、小早川の不正行為を発見することは単なる取締役である控訴人にとっては不可能であったというべきである。もっとも、大喜建設の受取手形、小切手等については小早川にこれを保管させていたが、これは盗難防止のためにやむを得ぬことであり、小早川の持ち逃げを防止するために平取締役である控訴人が手形を保管することは、その業務執行権限を有しないことからみて許されない。

(ロ) 控訴人は、随時取締役会を開催させ代表取締役であった小早川から営業報告を受け、昭和五四年五月高松市内の喫茶店改装工事の請負代金の入金状況など経営内容の具体的なものについては右吉川から経理報告を受け、経営内容、経営方針などにつき検討し、小早川に随時必要なアドバイスを与え、相談に乗っており、昭和五四年六月の決算期には自ら帳簿、手形等の調査をした。

(ハ)  したがって、控訴人は代表取締役小早川に対する業務の監視義務を尽している。

(2) 控訴人としては、小早川が行方不明になって以来、下請業者からの増資を期待し、小早川に替わり代表取締役となった松井が資金計画を立て、控訴人も独自に五〇〇万円の増資計画を立て、松井の資金調達能力に期待し再建に努力してきたものであり、最終的に会社倒産のやむなきに至ったのは、増資計画が予定どおりにできなかったこと、経済不況のため受注が思うように行かなかったためであって、止むを得ないものであった。」

三  証拠関係<省略>

理由

一  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  大協建設は、控訴人がその代表取締役で、もと、土木部と建築部があり建築部の部長が二級建築士の松井であったが、右建築部が独立しその事業を引き継いで昭和五二年七月二一日大喜建設が設立され、控訴人の実弟小早川が代表取締役(この事実は争いがない。)となってその業務に当たり、控訴人がその取締役(この事実は争いがない。)に就任し、その事務所は大協建設の近隣にあり、大協建設建築部の経理係をしていた吉川が大喜建設に出向してその経理事務を担当した。右の経緯で、控訴人は依然大協建設の代表取締役としてその経営に当たると同時に大喜建設にも終始出勤して専務または常務の取締役のように実質上その経営に関与し従業員を指揮していた。

(二)  大喜建設は、小早川の努力も空しく受注が少なく、当初から経営不振で、資金繰りに窮し、金融機関からの融資が思うに任せず、第三者振出の手形を大協建設から割引を受けていた。大喜建設の昭和五三年七月一日から昭和五四年六月三〇日までの損益計算書(甲第二六号証の一部)によると、荒利益九八九万五五〇〇円、経費一〇二五万四九六五円で営業損失三五万九四六五円となり、これに営業外損失を加えると、経常損失は一〇一万七五四〇円に達していた。控訴人は、小早川と常時その業務執行につき協議し、経理係吉川から随時請負工事の受注、入金、支払状況の報告を求め、その帳簿などを調べていたが、取引先への照会は全く行っておらず、注文者から請負代金支払確保のため交付された手形、小切手については、盗難防止と称して小早川が事務所の金庫に保管せず自宅の金庫に保管していたため、小早川が自宅に持ち返る際帳簿に記載したとおりその保管がされているものとして取り扱われ、全くその調査、確認をせず、又、小早川が領収書綴りをどのように使用していたかについても何等調べていなかった。さらに、控訴人は小早川を全面的に信頼していたため、その業務の執行を監視するために、自ら取締役会を招集することはしなかった。

(三)  小早川は、(1) 昭和五三年一〇月二二日から昭和五四年八月三一日までの間、注文者、借主などから代金、貸金等の弁済を受けながら、全く会計係に入金せず(原判決添付別紙三のうち番号5、6、7)、弁済者には受領金額の領収書を作成の上交付しながら、大喜建設の会計係吉川にはその一部の入金があったような領収書を交付し(同別紙三のうち、番号2、4)、弁済のため会計係から手形、現金などを受け取りながらその全部又は一部の支払いをせず(同別紙三のうち、番号3、8、9、10)、合計四一三万三八五〇円を横領し、(2)昭和五四年八月三一日所在不明となる際、それまでに注文書から工事代金支払確保として交付されていた原判決添付別紙二の各手形八通金額合計一一一六万円を不法に所持して横領した(合計一五二七万三八五〇円)。

(四)  大喜建設は昭和五四年八月三一日緊急に取締役会を招集し、控訴人をはじめ各取締役が集まって会議の結果、代表取締役小早川の不在に伴う後任の代表取締役を松井とする旨選任決議をし(この事実は争いがない。同年九月五日登記)、小早川の横領による運転資金の不足については、松井が、同年一一月末日までに金融機関からの融資、受注の増加などの対策を講じて経営の再建を計ることとした。そこで、松井は各月の資金計画(同年九月から同年一一月まで合計約三六八五万円としてなお約四三四万円の不足を生じる。)を立てたが、控訴人は取締役として松井からその事情を聞いたのに止まり、その資金獲得に格別の協力をせず、大協建設としても、経営が苦しいとしてその協力をせず、自ら取締役会を招集し取締役会を通じて松井の行為を監視することもしなかった。松井はそれまで経営の経験が殆どなかったため、主として阪神地区の知り合いなどを頼って金策をしようとしたがその努力の甲斐もなく、計画の約半分程度しか達成できなかった。また、松井は下請負人に大喜建設の株式五〇〇万円相当分を取得させその資金を運転資金に当てることを計画した(協同企業体の結成又は増資と称したが、実質上は借金とみられる。)が、それも約一割程度しか見込みがなかった。そして、従前からの大口受注者大林農場が発注しなくなったことも重なり、大喜建設は同年一一月三〇日手形債務の支払いをすることができず、銀行取引停止処分を受けて倒産し、その後昭和五五年一〇月一三日破産宣告を受けたものの、会社の資産は殆どなく、昭和五六年四月二日破産手続費用不足により破産廃止となった。

以上のとおり認められ、一部右認定に反する原審及び当審控訴人本人尋問の結果の一部はにわかに信用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によると、控訴人は、(1)大喜建設の経営に直接関与していた取締役で、その会社設立後間もなく運転資金に窮し経営が順調ではないことを熟知していたものであるから、代表取締役小早川が経理上の不正をしないよう特に留意し、工事の受注とその請負代金の入金状況、下請負人等に対する支払状況につき帳簿及び領収書と照合するなどの方法を取るばかりでなく、入金、支払の各遅延の場合など必要に応じてその取引先にも照会して、入金の予定、支払済となっているかなどを十分に調査し、特に、小早川が自宅で保管していた手形等については随時その現物を確認する方法でその正当な保管をしているかどうかにつき調査することはもとより、必要に応じて、自ら取締役会を招集の上、取締役会で代表取締役小早川から右経理に関する報告を受け各裏付け書類も提出させて、その執行に関する行為を監視する注意義務を負うものである。しかし、控訴人は小早川と常時経営の相談をしていたが、前記の点に留意せず、経理係吉川から一応の報告を受けただけで、その余の前記調査をすることなく、また、自ら取締役会の招集をせず、小早川の行為を放置した点で、取締役の職務を行うにつき、重大な過失があったものである。その結果、小早川が原判決別紙(二)、(三)記載のとおり、合計一五二七万三八五〇円を横領するに至り所在不明となった。(2) 松井が昭和五四年八月三一日大喜建設の後任の代表取締役に就任した後、控訴人は松井の資金計画の立案、実行につきその協力をせず、自ら取締役会を招集し取締役会を通じて、監視すべき注意義務を有するところ、控訴人は一応松井からその報告を受けたのに止まり、何等の協力及び監視もしなかったことは、取締役の職務を行うにつき重大な過失があるものである。(3) 右(1)、(2)の結果、大喜建設が同年一一月三〇日に倒産し、その後破産宣告を受けたが、資産がなく、破産手続費用不足により、破産廃止となり、被控訴人らの原判決添付別紙(一)の債権全額がその支払いを受けられない結果となり、被控訴人らに右債権額相当の損害を被らせたものである。

二  従って、控訴人は、商法二六六条ノ三第一項による損害賠償として、(1) 被控訴人日讃木材株式会社に対し、二五七万五四三〇円及びこれに対する本件訴状送達後の昭和五八年一月二二日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、(2) 被控訴人有限会社大磯に対し、八七万五〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達後の昭和五八年一月二二日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、(3) 被控訴人有限会社讃岐商会に対し、七二万九七九五円及びこれに対する本件訴状送達後の昭和五八年一月二二日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、(4) 被控訴人高橋敏則に対し、一一四万円及びこれに対する本件訴状送達後の昭和五八年一月二二日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、(5) 被控訴人有限会社ナカトミ電器商会に対し、二五七万八四〇五円及びこれに対する本件訴状送達後の昭和五八年一月二二日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、(6) 被控訴人有限会社島田製材所に対し、八四万五九〇〇円及びこれに対する本件訴状送達後の昭和五八年一月二二日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、(7) 被控訴人有限会社山平塗装店に対し、一三三万円及びこれに対する本件訴状送達後の昭和五八年一月二二日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払義務を負う。これと同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないので棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条の規定に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高木積夫 裁判官 孕石孟則 裁判官 高橋文仲)

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